『はるばる来ぬる函館を思ふ』

志海苔町の漁港より函館山を望む。

HDR(ハイダイナミックレンジ)写真

 函館山は元々島であり対岸の北海道と砂州で繋がり陸繋島を形作った。関東の人なら江ノ島を思い浮かべその規模の大きいものと考えればよろしいかと。その砂州の上にできたのが函館市なので海抜が低く以前のチリ地震でも津波に襲われ、今回の大震災でも津波が襲った。おまけに風の強い日が多く何度も大火にみまわれ延焼を防ぐために道路が広い。ゆえに市街地が閑散とした感があるのは否めない。

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コメント: 7
  • #1

    dfb6 (金曜日, 08 7月 2011 16:05)

    ふう〜ん 元々島だったというのは知りませんでした

  • #2

    nonbe (金曜日, 08 7月 2011 17:25)

    この古地図などでおわかりのよ〜に以前は砂州部がかなり細いのです。
http://bit.ly/rd8CFm



    ちなみにそのころの横浜。
    
http://bit.ly/ohueiB

  • #3

    MIYA (金曜日, 08 7月 2011 21:38)

    函館山の左側の「シキクヒ岬」って今無いの?地形が今の地図と違うんやけど・・・。

  • #4

    nonbe (土曜日, 09 7月 2011 06:23)

    おそらく「シオクヒ岬」現在の「汐首岬」と思われます。なにやらおどろおどろしい漢字が当てられてるけど元はアイヌ語で「シリポク」山の下の意。漢字の意味は全くありません。北海道の地名はほとんどがただアイヌ語に似た発音の漢字を当てたもので漢字の意味がないのです。
    なお汐首岬は北海道で本州(大間崎)との距離が一番近いところなのです。18kmしかありません。青函トンネルを検討したときここも候補に挙がったのですが海底の地形が掘削に困難とかで廃案に。(勘ぐれば現在の海峡線のほうに有力な政治家が・・・笑)
    地元でしか語られないのですが橋梁を架けるという願いみたいな看板があったりします。

  • #5

    MIYA (日曜日, 10 7月 2011 18:01)

    > 汐首岬     にゃぁるほど。
    >なお汐首岬は北海道で本州(大間崎)との距離が一番近いところなのです。
    へ〜 そうなんだ。
    海底の地形云々より、おそらく下北半島は原子力の巣窟としたい国の意図があって、そのためには基幹線が走ってはまずい事情があったんと違うかなぁ。

  • #6

    nonbe (月曜日, 11 7月 2011 11:45)

    今のご時世ならじゅうぶん考えられるけど、
    トンネル:1961年(昭和36年)3月23日 - 北海道側吉岡で斜坑の掘削開始(ルート決定はもっと前)。
    原発:日本で最初の原子力発電が行われたのは1963年10月26日。
    なので考えにくいですだ。
    あと、大間側を選択するとルート的に青森市がすっ飛ばされるのでまずかったんだと思う。

  • #7

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